
成田祇園祭で、街と出会いなおした
5年前の夏。引っ越してきたばかりの私は、たまたま参道に出かけました。
耳に飛び込んできたのは、太鼓と笛と、人の声でした。観光案内に「成田祇園祭」と書いてあったことを思い出して立ち止まり、結局その日は夕方まで御神輿を眺めて過ごしました。
移住して数ヶ月のあいだは「ここはどんな街なんだろう」と手探りで過ごしていたのですが、その日はじめて「この街、思っていたよりずっと熱く生きているな」と感じたのを覚えています。
申し遅れました。地域ブログ「成田でライフ」を書いている、まいといいます。
5年前、まずは「空港のある街」にやってきた
夫と結婚したタイミングで、それまで住んでいた東京を離れて成田市に来ました。
成田に対して当時持っていたイメージは、率直に言って「空港のある街」のひとことに尽きていました。空港を何度も利用したことはあるのに、その先の街並みを歩いた経験は一度もない。新婚生活のスタートが「観光客としてしか知らなかった土地」だったので、引っ越し当日の気持ちは、ちょっとした旅行のような不思議さがありました。
思っていたよりも、街には層があった
成田で生活を始めて気づいたのは、ひとつの市のなかに、まったく違う表情がいくつも重なっているということでした。
成田駅からつづく参道は、観光地でありながら、地元の方の暮らしの場でもあります。鰻屋さんや漬物屋さんが旅行者でにぎわう一方で、近所のおばあちゃんたちがふつうに買い物にきている。観光と日常が同じ場所で重なっている街は、それまで暮らしてきた地域には無い感覚でした。
少し外に出れば、印旛沼方面に向かう田園風景。反対方向に行けばニュータウンや空港関連の住宅地。さらに、近くのコンビニに寄れば英語や中国語、東南アジアの言葉が当たり前に耳に入ってきます。
「空港のある街」というシンプルなラベルでは、まったく説明が足りない。これが、5年住んでみた私の率直な感想です。
このブログを始めた、ある日のこと
ブログを始めようと思ったきっかけは、子どもの保育園を探していた時期の出来事でした。
市役所のHPには制度の概要が書かれていて、必要な情報は揃っているはずでした。それでも、いざ手続きを進めようとすると「自分は何から動けばいいのか」が見えてこない。同じ世代のママ友に聞くと答えがそれぞれ違って、市役所の窓口では「申請書はこちらです」で会話が完結してしまう。
5年前の自分と同じ立場の人と、もう少しだけ手をつなぐようなブログがあってもいいんじゃないか——そう思った夜があって、自分でやってみることにしました。
二人で書いている理由

このブログには、私のほかにもう一人、そうたさんが登場します。
成田で長年お店をされている50代の男性で、街の歴史やお祭り、町並みの変遷にとても詳しい、いわば「歩く成田事典」のような方です。商店街のつながりで紹介してもらってお店にお邪魔したのが、最初の出会いでした。
成田祇園祭の話を何気なく振ったところ、御神輿の由来から町内会の役割分担、昔と今のお祭りの違いまで、2時間ほど語ってくれました。私のメモがまったく追いつかなかったのを今でも覚えています。
移住者目線では街の表面しか見えていないところがあります。そうたさんが、歴史や地元のしきたりの背景を補ってくれるおかげで、このブログは「移住者のフラットな目線」と「地元のディープな知識」が交差する場所になりました。
大切にしていること
もうひとつ、書く上で意識していることがあります。
「成田でライフ」というサイト名と、「住めばわかる、成田のいいところ。」というタグラインです。
派手な観光案内をしたいわけではありません。空港の街として有名な顔も大事ですが、それ以上に、住んでみないと気づけない景色、移住して何ヶ月も経ってからじわじわ好きになっていく場所のことを、丁寧に書いていけたらと思っています。
読んでくださる方へ
これから成田に来る方、最近来たばかりの方、長く住んでいる方、それぞれの方に違う読み方をしてもらえる場所にしたい——というのが、二人で運営している私たちの願いです。
街の楽しみ方は、いろいろあっていいと思います。このブログが、そういう「いろいろある成田」を見つける入り口のひとつになれたら、書き手としてとてもうれしいです。
